夢解釈02「山奥の森の女性」の2ページ目

「主体性を脅かす内的な側面に対して、どのようなペルソナで接すればよいのか?」
という心の働きがモチーフとなった夢

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ミルトン様
27歳 男性 1人暮らし 工場勤務

タイトル/「山奥の森の女性」

その未分化なアニマによって出された洋菓子は、“体に受け入れる甘いもの”ということから、甘い愛情、誘惑、生きる喜びなどをあらわしていて、あなたはそのようなニュアンスの心的エネルギーを得ていくのですが、あなたの自我にとって、そのことがいかに危険かはまだ気付いていません。
そんなあるとき、警察関係の友達と一緒に、その子の家に行きます。この友達は、あなた自身の社会的で客観的に善悪を判断する側面が人格化されたものです。
「このことは、社会的に見て正義か悪か?」
という客観的な心の部分で、そんな心の働きが芽生えてきたことを象徴しています。すると、その子は洋菓子ではなく、口慣れた味である小料理を出します。
これは、ひき肉、お酒、木綿豆腐、にら、といったカロリーの高い(つまり心的エネルギーの強い)ものであり、警察という客観性が生じてから、洋菓子という無意識層の甘い空想からは少しずつ離れてきて、それは現実味を帯びた味となっていきます。
逆の言い方をすれば、現実味を帯びてきたから、警察関係の友達という、客観的な側面が芽生えてきたのかもしれません。
すると、そんなあなた自身の警察官的な心の部分は、「これはやばい、すぐここから逃げるんだ」といって手を引っ張って家から出ます。
アニマの心像に呑み込まれた状態でいたいあなたの自我は、その状態ではやばいと勘付いた客観的な側面に手を引かれているというような状況です。
もしここで、警察の友達が現れずに、アニマの洋菓子を食べ続け、劣等なアニマに呑み込まれてしまい、アニマと同一化していたら、あなたは本来の自分自身を失い、不自然に女々しくなり、変に感傷的になったりするような人になってしまっていたのかも知れませんし、その未分化なアニマを現実の彼女に投影していたら、下手に献身的にのめり込んでしまっていたのかも知れません。

これは本当に危険なことです。

ですが、そんな危機も脱し、翌日、その家があった場所に来てみると、変わり果てた廃墟のようになっています。これはあなたの心からアニマの機能が消えていったことを意味し、廃墟は、アニマ独特の生命エネルギーを失ったという心の状態を象徴しているのでしょう。

すると、警察関係者の人が中に入り、2体の白骨死体があります。
夢の中の“2”という数字は、対立物や、対照的なものをあらわすことが多く、ここではアニマの肯定的な側面と否定的な側面をあらわしているのでしょう。
ムードや情緒を作り出し、人間関係を円滑にして、無意識へのガイドという良い側面と、不思議な魅惑で自我に死を与えるという悪い側面という2つの要素が、2体の白骨死体としてあらわれたものと考えられます。
あなたの心ではアニマが住む家は廃墟になっているので、おそらく、今後アニマの心像に取り付かれてしまう可能性は低いのだと思います。

このように解釈しましたが、いかがでしょうか?

ミルトン様

アニマって怖い一面があるんですね。
たしかにあのままアニマの家に入り浸っていたらそのままあの世行きだったかもしれないって感覚はありました。
分化して完成したアニマというのはどういったものなのでしょうか?

鈴木めいや

心というものは未知で膨大なものですので、完成という言葉が適切かどうかは分かりませんが、ユング博士は、アニマ像は四つの発達段階があるとして、最終段階のアニマを表されたとされるものは、ギリシャの女神アテネや、ダ・ビンチのモナ・リザなどがあります。

ミルトン様

すがにそんなアニマを描き出すことはできませんね・・・
ちなみにアニマの家に行っていたときは夜で、廃墟になったとき訪れたときは昼でした。
これにも意味がありそうですがどうでしょう?

鈴木めいや

もちろんあります。夜は、世界中が暗闇に覆われるという古代人の感覚から、無意識層の世界をあらわす危険な時間帯をあらわしていて、昼は、明るくて物事がハッキリと見えるということから、意識をあらわします。
夢の中で、廃墟のときは昼だったというのは、いままでは夜(無意識的)であったものが、「まさにこれが現実なのだ」と、ハッキリと意識化されてきたという心の描写が象徴的に表現されたものです。

また、気をつけなければならないのは、アニマの同一化と、アニマの統合はまったく違うと言うことです。
同一化は、その元型的なイメージに呑み込まれてしまったような状態で、例えば、ドイツの「嘆きの天使」という映画では、賢い教授がキャバレーの女性に夢中になって、どんどん落ちぶれていくお話があります。これがアニマとの同一化で、自我はまるでアニマの魅惑の奴隷のようになってしまい、その人らしさを失ってしまいます。アニマにはこのような危険性がありますが、“統合”はその逆で、アニマと対決し、統合されると、その肯定的な心理的諸機能は自分のものとなり、自分自身を持てるようになって、女性によって落ちぶれるということはなくなります。

ミルトン様

自我がアニマに取り込まれるか、自我がアニマを取り込むかの違いですね。

余談ですが過去に、まだ彼女とつきあうまえに何度か女性と交際している夢をみたことがありまして目覚めると顔と名前が思い出せないのです。
その女性の名前に何か意味があるというかその名前の女性と結ばれるんだろうかと思っていた時代がありました。でも思い出せず、残念な気持ちでした。
これもアニマの心像なのですか?

鈴木めいや

基本的に、男性の夢にあらわれる女性は、その人の未分化な女性的な側面、アニマの心像と考えていいのですが、夢の中では、意識が男性的な側面に偏っているときに、その偏った状態を補おうとして、そのような夢があらわれやすいのだと思います。
そして、思い出せず、無意識的であったから、魅力的なのだと思います。名前や顔などを思い出してしまったら、それほど魅力的に思わなかったのかも知れません。

ミルトン様

そういうものなんですね。なるほど思い出せないからこそ気になる魅力。

鈴木めいや

ちなみに、

「付き合い始めたのは2006年7月です。夢をみたのは07年1月です。」

とのことですが、付き合うようになってから、この夢を見るまでに約6ヶ月間ほどかかっています。
これは妥当な時間だと思います。
というのは、彼女をアニマの投影という見方ではなく、現実的にみられるようになるまでに、だいたい6ヶ月ほどの時間を費やしたと考えられ、だいたいこのくらいが自然であるように思えます。

ミルトン様

これはいい夢で私は成長したといってところでですね。

鈴木めいや

私ははじめに、現実の彼女と初めて会ったときの印象と、今現在の印象とで、なにか見方が変わってきたということはあるでしょうか?と質問をしたところ、

「印象はほとんどかわっていません」

と答えられたことを、とても奇妙に感じていました。
というのは、この夢は一言で解釈すると、「アニマ像のメージの投影がなくなり、現実的になってきたことを表した夢」であり、質問の回答が本当だとしたら、このような夢にはなるとは思えずにいたからです。
ですが、

「20代も後半になって初めてお付き合いした人なので始めのころは目がハートマークになってたかもしれません。」

ということを聞いて、少し本心を聞けたような気がしました。
「彼女に対して、初めはハートマークになっていた」という心の状態から、「現実的な一人の人間として見られるようになってきた」という、その移り変っていく心の描写が、まさにこの夢が指し示している要の部分なのです。
夢の最初のシーンである、「女性の家に遊びに行っている状態」から、「廃墟のような家から見つかった2体の白骨死体」へと移り変わっていく心の過程が、アニマ像が死に、現実的に彼女のことを見られるようになってきた状態を意味していると考えられますが、細々とした説明はもう必要ないでしょう。

ミルトン様

わかる気がします。
たしかに始めのころはすこし舞い上がっていたかもしれません。
それが落ち着いてきたということですね。
彼女への印象というより自分自身の心境、彼女への見方でめいやさんのおっしゃる変化はありましたね。

興味深い解説ありがとうございました。

送信日時:2007年07月03日

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