夢解釈21、「熱々のシチュー」の3ページ目

「共同体感覚から降りたときの心境」
について語られた夢

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2010/08/10 〜 2010/09/01


〜 3ページ目 〜

anemone様
38歳 女性 既婚 家族あり

タイトル/「熱々のシチュー」

そして次の場面では、どうやらみんな無事に降りることができたようで、高速道路のサービスエリアのようなところにいます。

サービスエリアは、バスという協調性や共同体感覚とともに人生を歩んでいるときに訪れる、人生の休憩地点のような意味合いが含まれています。
この場面が早朝で薄暗いのは、昼間という活気のある心の状態に入る前に訪れる、これから新しい可能性が開けていくときの心境が表現されたものであるように思います。

夢の中の高速道路は、おそらくご本人の無意識が感じている、これから向かうであろう人生の道のりのようなものをあらわしているのでしょう。
それは大型バスツアーが走っていく予定のある高速道路なので、楽しく真っ直ぐに、そしてスピーディーに走っていけそうな道のりとなりそうな予感がありますね。

また、このサービスエリアにくるまでには、ビーチでの誘惑(心地よい無意識に退行したいという気持ち)があったり、危険な急斜面(少し厳しい現実的な心の側面)に降りていく必要があったりと、様々な心理的な障害物がありましたが、そのような障害を経てようやくたどり着いた場所が、このサービスエリアなのです。

そして、これから長い未来に出発するので、それは長距離となるので、その前に、(それほどさし迫った必要性は感じないものの)Bさんと一緒に女子トイレに入っていきます。

トイレとは、排泄という絶対に解決しなければならない問題を解決するための場所という意味ではどんな人にとっても世界共通ですので、夢の中のトイレは、"何らかの心の問題を解決するための場所"というニュアンスで表現される場合があります。

ご本人によるBさんの説明では、

「今同じ職場の女性で私より数歳年長です。体格は豊満でバランスが良く、年齢的には少し若すぎるかもというような流行の服をいつも上手に着こなしています」

とのことですので、それは肯定的な女性的要素で、ご本人が持つBさんのような性格の側面に、「そうしたほうがいいですよ」と言われ、彼女の促しも手伝ってトイレに向かいます。

女子トイレは清潔そうで、建物の外よりも暖かく感じますので、何らかの心の問題を気持ちよく解決できそうな状況にあります。

そしておそらく、この場面に登場する人物はみんな、ご本人がこれから人生を歩んでいく上で、心理的に少し生涯となるような心理的な側面と関係があるのではないかと感じます。

ですが、そこにいる人々はあまり切迫感はありませんし、総合病院に小児科を受診するにしては、さほど重症そうでもありませんので、その子ども(これから大きく成長していくであろう何らかの心理的な要素)や、その子どもを育てている女性的な要素は、それほど深刻ではなさそうです。
ですがそれは、今後大きな障害となってしまう前に、一応、健全な状態に治療しておいたほうが良い、ということでしょう。

そして、大型バスツアーによって高速道路を走っていくためには(楽しく真っ直ぐスピーディーに人生を進めていくためには)、無意識の力ではなくて、ご自身の手で、シチューを運び、諸問題を解決を試みなければならないようです。

ですがそのシチューは熱々で重たそうですので、夢の中で「これは危ない」と思います。
なので、それを運ぶと大きなダメージとなる危険性はありますが、もしご自身の手で上手に運ぶことが出来れば、おそらく小さな問題を抱えている無意識下の未分化な要素や可能性(子どもの心像)に、莫大な栄養やエネルギーを蓄えさせることに成功するかも知れません。

ご本人のシチューの連想では、

「食べると温まる、家庭的」

とありますので、子どもたち(ご本人の未分化な要素)に欠けているかも知れないそのような側面を補うことが出来ます。

ですが、夢はそこで終えてしまいます。

「自分を呼ぶ声で目覚めたようなのでした。」

とのことですので、これは、無意識がとっていた思考の流れを強制的に終わらせた、ということかも知れません。

最後に、この夢は全体的には、「集団(共同体感覚)から降りたときの心境について語られた夢」ということができ、心のエネルギーが不足しているという私生活での心境を、補償する働きを認めることができますね。

このように解釈させていただきましたが、いかがでしょうか?

anemone様

鈴木めいや様

夢判断ありがとうございました。
お返事遅れまして申し訳ありません。

夢の大まかな流れに関しては、大変納得です。
細かい点に関しましていくつか質問があります。

1)最初の海辺の場面で、夢の中なのに眠りから目覚めたようなのは奇妙に感じられるのですが、これも退行した状態からより意識的な状態になったということをあらわしているのでしょうか。

2)最初の海辺の場面で、遠くに灯台のようなものが見えたのは、何を象徴しているのでしょうか。

すみませんが、どうかよろしくお願いいたします。

鈴木めいや

anemone様、ご返信いただきまして、ありがとうございました。

質問1)について
多くの人がよく見る夢のひとつに、「朝、いつものように目が覚めると、遅刻しそうな時間に気がつき、慌てて勤め先に向かう準備をしている。すると、それは実は夢の中で、現実に起きるとまだ十分間に合う時間だったのでホッとした」
というものがあります。
夢の中で、目が覚めていると確信しているという意味では、この夢と今回のシチューの夢はよく似ていますね。
このような場合、起きていると思っているためか、起きているときの状態と同じようにその夢は鮮明なものとなりやすいようです。

また、「無意識の構造」という本の中で、河合隼雄先生もよく主張しているように、夢は意識と無意識の相互作用のなかで生じる現象ですが、夢の中で、「目覚めた」という感覚を持っているということは、意識と無意識の相対的な相互作用の中で、ハッキリと意識の状態に切り替わった瞬間の影響を受けた結果、「目覚めたような」感覚を覚えたのではないかと考えることができるかも知れません。

そもそも夢とは、意識と無意識の相互作用の中で、無意識的な何らかのものを、かろうじて意識が汲み取ったものということができますが、そのような相互作用自体、無意識的な働きであり、そのような相対的な働きが生じていることに気が付くことは本当に難しいことです。
ですが、今回の夢の場合、そのような相対的な切り替わりを、「目覚めたような」感覚として表現されたのではないかと、私は考えています。するとその後、おそらく最近はあまり無かったような無意識的な状態、つまり無意識への退行に惹かれ、「私はまだ海水浴していないことが残念」という気持ちになったのかも知れませんね。

質問2)
についてある程度ストーリーのある夢の場合、はじめの場面というのは、その夢の全体的な予見に関係した心像が出てくる場合があります。
「灯台のようなもの」と表現しているからには、その建物は、仮に世界が無意識の暗闇に包まれたとしても、かなり遠くの領域にまで、照明という意識の光であらゆる物事を照らし出すことが可能な要素なのではないかと思います。

なので夢の中のその心像は、今後の、基本的にはどうなるか分からない何らかの物事を、照らし出すような直感的な未来への予感の能力、あるはそのような無意識下の機能のようなものを象徴しているのではないかと感じられます。

いかがでしょうか?

anemone様

お返事ありがとうございました。
おかげさまで、夢の意味は私にもだいぶ解ってきたように思います。
ただし、夢の中の「ツアーバス」が「高速道路」でどこに向かうはずだったのか、気になります。
夢の中でまだ暗かったので、明らかではないのでしょうね。
そのうちまた夢の続きを見ることが出来ればいいのですが・・・

2010/08/10 〜 2010/09/01

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